三匹の羊/チャットモンチー

チャットモンチーと私

『YOU MORE』アルバムレビュー

4枚目のオリジナルアルバムにして、高橋久美子の在籍中最後の音源となったアルバムです。

【特典QRコードステッカー無し】YOU MORE

確かに一般の評価の通り、一回目に聴いた時の印象はさほど強くありません。が、はっきり言いますが、私が思うに、チャットモンチー史上最高の完成度を誇るアルバムです。詳しくはまた後で。

 曲順

  1. バースデーケーキの上を歩いて帰った(高橋)
  2. レディナビゲーション(福岡)
  3. 謹賀新年(高橋)
  4. 草原に立つ二本の木のように(高橋)
  5. 涙の行方(橋本)
  6. Boyfriend(福岡)※
  7. 桜前線(高橋)
  8. Last Kiss(福岡)
  9. 少年のジャンプ(高橋)
  10. 拳銃(橋本)
  11. 余韻(橋本)

※作曲:福岡晃子

曲順については、変更の余地を感じないほどの完成度なので、特に言及は控えようと思います。ただ、M9-M11の流れの作り方は、(チャットモンチーのアルバムではよくある手法とはいえ)うまくできているなあと思わされます。

一曲目は、『東京ハチミツオーケストラ』『親知らず』『8cmのピンヒール』と、ミディアムテンポで力の入りすぎない曲で始まるのが常だったので、いきなり『バースデーケーキ…』でぶち上げる感じは、『ハナノユメ』の破壊力を思い出させる感じもしました。チャットでは今まで全然聴いたことのないサウンドで来て、しかも意味のよくわからない歌詞を空元気に歌うんですもの。

続く『レディナビゲーション』までで、もうこの音作りに慣れさせてしまおうという感じなのでしょうか。うまく行っているかはわかりませんが(聴く人を選ぶ気がする)。

ただ、何にせよ、アルバムとしてのまとまりがしっかりあって、CDで流して前から順に聴く想定がされている気がしますね。そういう点で作品としての完成度が高いです。

『涙の行方』『Last Kiss』あたりは変化球が来た感じですね。チャットモンチーの中では後にも先にも珍しい感じ*1

涙の行方

涙の行方

後、あっこびんの曲が入っているのも大事です。ちょうどど真ん中に入っていて、要らぬ深読みをすると、チャットモンチー=橋本絵莉子ではない、と主張しています*2

音作り

特筆すべきは、『謹賀新年』の和太鼓、『桜前線』のキーボードでしょうか。その他は、全体として

  • 歪んだギター
  • 大きなベースの音、印象的なフレーズ
  • スネアの反響する音

が特徴だと思います。えっちゃんは比較的易しいコード弾きが増え、その分ベースとドラムが暴れるという大まかな流れは、『告白』以後共通している気がしています。

今までのチャットモンチーって、ギターとベースとドラムを鳴らしたらこんな音だよな、って感じのどストレートなサウンドだったんですが、『告白』のアルバム曲あたりからそれが少しずつ変わってきて、ここで結実したという具合でしょうかね。

意味

前作からじっとこらえて、難産(?)だったようにも見えるこのアルバムは、2つの意味があると思います。第一に、〈商業路線の放棄〉。アルバムジャケットの色もそうなんですが*3、全体的に『耳鳴り』に回帰している音作りと暗さが見えます。

作曲家としての橋本絵莉子さんなんですが、メロディーラインを作る能力にはピカイチですし、きっと望めば"売れる"曲は作れると思うんです。例えば『風吹けば恋』は、サビだけ聴くと可愛くて健気な女の子、というふうに聞こえますが、Aメロまで聴くと鋭いサウンドで、「はっきり言って努力は嫌いさ」なんて言ってるわけです。これは恐らくCMでサビが流れることを意識して作っています。映画の主題歌なんかだと、『テルマエ・ロマン』や『消えない星』みたいに、全体として聞きづらいところを削ぎ落とした作りになっています。

工夫すればいくらでも売れられたし、やりようによっては紅白にさえ出られるようなメロディーセンスは持っていたはずなのですが、それをあえて"売らない"方向へ持っていって、せっかく始めた亀田誠治との作業もやめてしまい、セルフ・プロデュース一本に持っていってしまいました。「自分たちのやりたい音楽をやるぞ」という強い意志表示で、シングルを切るような売り方もやめました(シングルにできそうな曲はあるにも関わらず)。これはチャットモンチーの大転換点で、このあとも『誕生』に至るまで、好き勝手やっています(笑)。*4

第二に、言うまでもなく〈くみこんの脱退〉。商業路線に戻るか、みたいな話(本人たち曰く「花火を上げる」)において、結局くみこんは「もう戻れない」と言って、脱退を表明したそうです。「もしも」はありませんが、もし『告白』のあと、走り続けていたら、どうなっていたんでしょうか……。まあ何にせよどっかで辞めていそうな気はしますが。

『YOU MORE』が確執の決定打になったという見方もあります。しかし、くみこんはこのアルバムに並々ならぬ力を注いでいるように思います。というのも、ドラムの音色の変更や、フィル*5の作り込み、新しい機材*6、さらに作詞曲の多さを見れば一目瞭然です。ただ、これは「最後だからできた」輝きなのかな、とも思います(特に『誕生』を聴きながら、そう思う*7)。

感想

曲順のところを見てください。作詞者と歌詞の中身を考えると、勝手なイメージですが、このアルバムってくみこんとえっちゃんのやり取りの間にあっこびんが挟まっているような感じがしませんか。(『余韻』と『草原に立つ二本の木のように』、『拳銃』と『桜前線』とか)

偶然かもしれませんが、この形ってチャットモンチーのスタイルだったようにも思うんですよね。そう考えるととても意義深いアルバムだと思わされます。*8

シングルカットをしなかったのが、結果的には凶と出たかもしれませんが、少なくともアルバムとしてのまとまり、完成度という面では最高の仕上がりができたのではないでしょうか。音作り・歌詞・メロディのどれを取っても特に好きな一枚です。

関係ないんですが、少し気になることを。くみこんの夕陽色のスネアって、たぶんドラムセットと一式のものではなくて、昔から持っているやつだと思うんですけど、これって『ハナノユメ』のMVで出てくるやつですかね? ドラムって特に機材情報が少ないんですが、確認したいです……

*1:『リアル』『歩くオブジェ』あたりは脳裏をよぎりますが

*2:まあこのアルバムはどう見てもくみこんの独壇場ですけどね

*3:『耳鳴り』『誕生』の赤系の色、『生命力』『共鳴』は青系の色ですが、これには深層心理(?)が影響していそうです

*4:『表情』大好きな私としては、それでこそチャットモンチーだよ、って感じですけどね

*5:ドラムがタム回しをする、いわば"キメ"のフレーズです

*6:2010年ごろ揃えていた夕陽色のドラム

*7:脱退と完結の経緯を見ていると、どうやら3人ともやはり同じような道をたどったんだな、と思わされます。

*8:くみこん加入の経緯とか、『砂鉄』の歌詞を見ても思います