『YOU MORE』収録。
「楽しくてポップ路線のアルバムで、『耳鳴り』のヒリヒリ感がなくて失望した」みたいなレビューも少なくないこのアルバムですが、どこが楽しいだけで軽いのかさっぱりわかりません。むしろチャットモンチーのアルバム史上一番影があって痛切な1枚だと思うのですが。これは直後の脱退という事件を知っているからでしょうか。
たとえば、幸せそうなこの曲にしたって、結構深みがあるのです。
ちなみに、構成はABABサビAサビです。Bメロがサビ1という感じもしますが、歌詞に合わせた面白い構成です。
明けましておめでとう
神社へ向かう長い列
屋台のホットドッグ食べたいと
私の足は逆の列に向かう
とか、
きっとおばあさんになっても
わがままな私を許して
しわしわのほっぺに
小さなキスをくれるでしょうか
と、あっけらかんとした声で夫婦・カップルの幸せを歌っているのに、どうしてサビになると、一変して痛切なメロディーとなり、
あなたを思えば思うほど
それは言葉になどできず
あなたが優しければ優しいほど
私は悲しくなるのです
と、含みのある歌詞になっています。この夫婦/カップルならではの暗さ、秘めたる思いというのは、『ときめき』にも通ずるものがありますね。
そして衝撃なのがこの後。
願い事ひとつ叶うのなら
あなたを愛していますように
怪我しても病気になっても
あなたを愛していますように
これ、相当びっくりしました。というか、最初に聴いたときは歌詞カードも見ていないので、「あなたといられますように」か「愛してくれますように」みたいなものだと勝手に解釈していたのですが、後に本当の歌詞を知って驚いたという具合です。
すごくありませんか? 結構切実な思いですよね。新婚夫婦なんかで、「一生幸せにするよ」とかなんとかキザな科白を吐く人もありますが、実際のところは自然にしていたらきっと心が離れてしまったり、忘れてしまったりすることも確かにありうるわけです。まず、現実的に2人の関係が冷めることも想定しているのが驚き。
そして、もし〈未来の私が〉「あなた」と別れることになったとしたら、そこに選択の余地はないか、或いはそれがベストチョイスということになるでしょう。未来の私は、きっとそれが一番幸せな道だから選ぶはずです。が、〈今の私〉は、何はともあれあなたを愛せないことは全て悲しいことだと断定してしまい、どうしたってあなたといることが幸せなのだ、今の自分の目に狂いはない、と決めつけます。この強い意志があるからこそ、「願い事」は、〈未来の私〉も「あなたを愛していますように」となるのです。
「あなたを愛していますように。」
この曲の真髄はもうここの一節にあると言っても過言ではありません。
よくある願い事が「愛してもらえますように」だから、それを裏返しにしてみた、というわけではありません。詩は裏を掻くと面白い、とも言われますが、そんな理知的なものではありません。仮に理知的だったとして、この一節はそれ以上のインパクトを持っています。
つまり、これは「無償の愛」です。もはや愛することが幸せであり、見返りを求めていないのです。さらに、愛を語りながらも現実路線で、長く続かないことも予見しているがゆえに、神様に願う……という斬新な展開もあります。
チャットモンチー史に残る名フレーズだと個人的には思っています。『告白』までの3枚が〈ヒリヒリ感、脆さ〉を有したアルバムだったとすれば、『YOU MORE』は明るいだけじゃなく、〈深み〉です。歌詞にせよサウンドにせよ、とにかく奥行きがあるのです。
サウンド面
そうそう、歌詞についてだらだら書きすぎて音楽の話ができませんでした。
アルバムの中でサウンドプロダクトは一貫したテーマがあるように思いますが、その中でこの曲だけに言えることと言えば、
・バンドサウンド自体はそれぞれ歪んでいるのに、和やかな音にまとまっている。
・和楽器が入れ方うまい。自然すぎて初導入とは思えない。
・『桜前線』同様、3人で弾けない(和太鼓とドラム)
・えっちゃんのボーカルが歌詞に合わせてサビ前後で変わる。ABは子供っぽく、サビは大人っぽく。
・メロディー自体もサビで突然シリアスになる。そのギャップ。
てな感じですかね。えっちゃんのボーカルは本当に成長しているという感じです。ベストアルバムとか聴き分けて見てください。結構声の伸びとか表現力が変わっています。
余談ですが、くみこんの結婚観を知れるのが、「やっぱ指輪買おうかな」です。短いけれど感動的な文章なので、ぜひネットで調べてみて下さい。