三匹の羊/チャットモンチー

チャットモンチーと私

『8cmのピンヒール』レビュー

作詞:高橋久美子 作曲:橋本絵莉子

『告白』収録のリード曲。

8cmのピンヒール

8cmのピンヒール

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8cmのピンヒールなんて自分は男なので履いたことないですし、なかなか心情も摑みづらい曲ではありますが、最高ですよ。

『告白』を出したのが2009年で、メンバーも20代後半、30歳が見えてきたころの曲で、「大人」を感じます。

 

8cmのピンヒールで駆ける恋

「8cmのピンヒールで駆ける恋」がキーフレーズになっています。詞先のチャットならではですが、この一節、一文だけが目立つような曲構成になっていて面白いですね。普通に曲から作っていたようではこの構成にならないはず。

8cmのピンヒールって、履いたことないですが相当高いんじゃありませんか。それで駆けているんですから、相当無茶で全力な恋だったのでしょう。そういう少し前の自分の「若さ」を見つめて振り返りながら歌っている曲で、これこそまさに「大人になったチャットモンチー」なのだと思います(本人たちもインタビューで似たようなことを言っていました)。

 

似たような趣旨の曲に、『ツマサキ』があります。『ツマサキ』は現在進行系で、「それでも私背伸びしているよ」に代表されるように、今頑張っている自分を応援しながら愛を伝えているのですが、それから4,5年経って自省的な『8cmのピンヒール』に繋がっているわけです。ぜひ聴き比べてみてください。

個人的には『ツマサキ』も好きなのですが、『8cmのピンヒール』が名曲すぎてもう、、、という感じです。

 

やっぱりくみこんの歌詞

いいですよね、歌詞。くみこんの歌詞はストーリー仕立てなのがいいですし、それに合わせてえっちゃんが最後にクライマックスを作るような曲の構成で仕上げるのも(『湯気』とか)最高です。

色々言いたいところはあるのですが、やっぱりなんと言っても偉業なのが、サビです。

月を見て綺麗だねと言ったけど あなたしか見えてなかった

あの光はね 私たちの闇を照らすため 真っ黒の画用紙に開けた穴

 月を「真っ黒の画用紙に開けた穴」って喩えたんですよ。凄いですよね。月の光よりも「あなた」が美しかった。そんな気持ちを言うのを堪えて、比喩を通して心情描写をしています。これがくみこんの「文学的」と言われる所以です。

……とか言っていたら本業が文学になっていましたね。寂しいですが、チャットのドラムも天才的ながら今の作詞家・作家のほうが天職なようにも見えますね。

そのうちくみこんのドラムについては別記事で書きます。

 

音の絞り方

この曲のもう一つ凄いのは、音を極限まで絞っているところです。たとえば1番のAメロですが、なんとバスドラムの4つ打ちとベースしかありません。そこからだんだん音が増えていき(派手なドラムのくみこんもここでは静かに8ビートです! 珍しい!)、サビ前の「8cmのピンヒールで駆ける恋」のところで止まったあとに音を大放出、サビへ突入していく構成になっています。

2番もAメロでは再び静かになりますが、特に

歩幅を合わせて歩いた 転ぶとわかっていたけど

痛みも忘れてしまうの あなたは優しいから

 のところは転びそうなリズムで、変なところでつっかかりながら進むようになります。

まさに歌詞に合わせた曲の仕上がりという感じで、チャットモンチーの名曲リストに入れるべき一曲だと個人的には思いますね。

 

曲構成でいうと、2番の「8cmのピンヒールで駆ける恋」のあと、メジャーコードで明るく続く1番と違って(たぶん)maj9というコードで変化球が入っていて、壊れやすいような響きになるのも粋で、好きなところです。

『真夜中遊園地』の2番「綺麗な馬に乗って回っていたい」のところとか、2番で変化球入るの好きなんですよね。チャットモンチー、「単純に1番を繰り返さないぞ!」っていう心意気が他のアーティストよりも強く感じられて、楽しみに欠きません。

 

告白

告白

 
 『告白』という名盤

『生命力』が名曲揃いであることは衆目の一致するところではあると思いますが、やはり商業路線というか、ポップに売り出そうとした痕跡が見て取れるんですよね(そんな中にも若干エゴの漂う『シャングリラ』や『橙』『素直』がぶち込まれているのが凄いんですけど)。また、曲構成も純粋にABサビABサビとなるわかりやすい曲が多いです。

それに対して、『告白』は、『耳鳴り』以前の暗くて曲調がころころ変わる感じも、『生命力』のポップで明るい感じも、全部束ねて完成版として昇華できた感があるのです。それを代表するのが『8cmのピンヒール』であり、暗いところからポップなところまで一曲で満喫できるのが素晴らしいところです。『生命力』で外部のポップスの視点を入れたあとにセルフ・プロデュースを始めたこともあってか、アルバム全体を通してそのバランス感が最高の仕上がりを見せています。最後の『Last Love Letter』『やさしさ』と続くところとか、もはや「これ一枚のアルバムに入ってていいの!?」という感じの名曲揃いで、まさに00年代に残る名盤の一つと言っていいでしょう。

それから、『長い目で見て』にも書きましたがグルーヴ感が最高で、この曲や『風吹けば恋』などでも止まるところがピタッと無音になっていてもう泣けます。いやー、ライブ見たかった……。