三匹の羊/チャットモンチー

チャットモンチーと私

『橙』レビュー(後編)

作詞・作曲:橋本絵莉子
6thシングルA面、『生命力』収録。
橙
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前編からの続きです

橙

この曲の、というかえっちゃんの歌詞のすごさって、"刺さる"のによく見てみると意外と何言ってるのかわからないところなんですね。
突然「1年前」とか言う言葉が出てきたり、抽象的に歌っていたかと思えば後半で「あなた」が出てきたりと、ストーリー性に十分配慮したくみこんあたりなら絶対にやらなそうなことがどんどん出てきます。例えばくみこんの『湯気』などはきちんと伏線が張ってあり、対句構造も出てきますが、えっちゃんはそんなこと知ったこっちゃなさそうで、本気で思ったことをそのまま吐露している感じですね※。
そして、その目を背けたくなるような激しい本心の歌詞ですから、歌うときも自身の詞に感情移入しながら泣き叫ぶように歌う。『恋愛スピリッツ』や『橙』などのこういうタイプの曲は、初期のチャットモンチーを語る上で欠かせませんね。
※だからこそ『majority blues』は同じ人が書いたとは思えないほど(技術的に)上手くできていて驚くわけなんですが、それはまた追って。

まあ歌詞がわからないと言っても何度か聴いていればわかるのですが、恐らく失恋か冷めかけの恋と言ったところでしょうか。

いつの間にかあなたを傷つけ 思いがけない言葉を発していた

が手がかりになりますね。

そしてもう1つ、「歩く」という行為がこの曲の軸になっています(って書いてみると『さいた』っぽいですね)。

もうこれ以上行かないで

もうこれ以上歩けない

ということなので、さしずめこの曲の全体像としては、
「あなた」を「甘えぬき傷つけぬいた」「私」を置いて、「あなた」が行ってしまおうとしている中、「私」はやはりわがままを言う
……といったところでしょう。

とすると、残るのは「1年前」に何があったのか、です。

あの頃の私は昨日と同じ今日なんて考えなかった

ここ、イントネーションでは「私は昨日と同じ(。)/今日なんて考えなかった」って聞こえるんですが、実際はたぶん「私は[昨日と同じ今日]なんて考えなかった」なんですよね。ちょっと難しい。
ここを考えるために冒頭を見ると、
「何も手につかない 白黒の瞳で」
とあります。「白黒の」は『おとぎの国の君』で「君がいない景色」の形容として出てきますね(作詞はあっこですが)
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つまり、現在の時点で「あなた」はいないとすると、「1年前」は「あなた」と出会ったか付き合い始めた(少なくとも「あなた」はいた)わけで、毎日が鮮やかだったわけです。
だから、意味としては、「(1年前は)(今のような)単調な日々が続くとは思わなかった(ほど毎日鮮やかだった)」ということになります。

……と、だらだら書いてきましたが、ざっと意味は取れましたね。字面だとやっぱりこう難解なのですが、歌で聴くと妙な説得力があって、特に考え込むこともないんですよね。これが"本音"の力なのかもしれません。

なぜ『橙』なのか

では、タイトルです。みんな言及しませんが、タイトルの『橙』ってなんですか? って思いませんか?
曲中に出てくる色は、「白黒」だけで、寧ろ無色なんですよね。そこに「橙」という強い色をぶつけたのはなぜなのか。

・黄昏(たそがれ)説
……まあ、たしかにありそうですよね。夕暮れというか、黄昏の雰囲気を出したかったのかも。
「もうどこにも行かないで」と喚いても、嘆いてもあなたは遠くへ行ってしまう……そんな時の心情に色をつけるのだとしたら、「橙」なのかもしれません。

・橙説
……実際の果実としての橙です。橙というと鏡餅の上に乗っかっているアレです(蜜柑じゃありません!)。基本皮も分厚く生食には向かない橙の実めすが、木に生ったのをそのまま放っておくと大抵の柑橘類が悪くなるのに対し、橙だけは年を越した頃でも黄色のままなんですね。そこから正月の縁起物として鏡餅にも乗っかるようになったそうです。
「1年前」という言葉が出てきますが、「あなた」の気持ちが変わってしまったのに対して、私の気持ちは変わらないんだよ……というメッセージが果実の橙に込められているのでは? ……いや、深読みしすぎですかね。

同じアルバムでは『女子たちに明日はない』『ヒラヒラ開く秘密の扉』と長いタイトルが続くチャットモンチー。その中でも漢字一字で異彩を放つこのタイトルですが、由来は何にせよ曲全体の雰囲気を貫く色はやっぱり橙色に感じられ、ベストなタイトルだと思います。
この謎も含めて、チャットのタイトルではかなり好きな一曲です。

橙

4000文字はゆうに超えましたかね!? これ、ブログとしては明らかに失敗なんですけど、僕が思いの丈を書いて、多くのではなくコアな読者の方が満足して下さればそれで結構です…、w 僕は活字中毒なので好きな映画も音楽もいっぱい文章を探してしまうんですよね。自分とそんな人のために書いています。