橋本絵莉子『かえれない(Demo)』レビュー
作詞・作曲:橋本絵莉子
『橋本絵莉子Demo Series Vol.1』収録。
歌詞
誰のためのイルミネーション
あったか~いはずのお茶が
つめた~くなっていく
どんなに一緒に過ごしたって
好きな味の飴にはかなわない
一張羅の靴がかけぬけるこの街では
信じるものがコロコロ変わる
嘘みたいにゴロゴロ音立てて
赤ちゃんからやり直そう
もちろんお母さんはあなたよ
初心には返れない
そんなこと思えない
これまで忘れてきたものは
たぶん少なくない
初心には返れない
脈が止まったことないだけ
これまで隠してきたものは
たぶん少なくない
Aメロは”都会の忙しい生活”といった感じです。都会生まれ都会育ちの私にはあまりわからないのですが、やはりこの都会の独特の雰囲気って変なんですかね。
都会の荒波に飲まれて、すっかり変わってしまった自分のことを、「それでいいんだ」と肯定する曲ですね。こういう変化をポジティブに捉える曲って少し珍しい気がするのですが、えっちゃんならではという感じがします(結局、『やさしさ』の精神性に繋がるんですよね)。
現状を肯定するということは、同時に過去をも肯定するということです。たぶん「初心に返る」というのは、今まで自分が歩んできた道を否定するものでもあると思うのです。だからこその「初心には返れない」。否定形を用いていますが、肯定に満ち溢れた歌詞に仕上がっていると思います。
歌い方については、音符の都合もあるんでしょうが、すこし溜めて歌うあたり、『変身』以降で見られますが、やっぱちょっと演歌なんですよねw ただ声については『共鳴』以降ずっと、どんどん良くなっているような雰囲気があります。いやあすごい。
曲
特徴的なハネるようなリズム・メロディはチャットモンチー後期の元気な感じから引き継いでいるのではないでしょうか。ただ、軽やかなリズムでありながらもちょっと神秘的な感じのコーラスの入れ方などは、新しい橋本絵莉子を感じることができます。
ドラムがいい音出してます。私は個人的にえっちゃんのドラムがかなり好きで、テクニックではないんですが、バスドラムもスネアも一個ずつそれぞれ楽器としてきちんと鳴らしてあげている感じが良いです。特に男性ドラマーってスネアをパシッと叩きすぎるところがあるので、ドラムは「打つ」という感じなんですが、私はドラムが「鳴る」ほうが好みなので。
ギターソロもいいですね。愛用のいつものテレキャスでしょうか。ちょっとヘタウマというか、とにかくえっちゃんの音だ~っていう感じ。ギターソロは最近退潮気味と言われながらも、ちゃんとぶち込んでくる辺りがしっかりロックだなあと思います。加えて、ベースの力強さも特筆に値しますね。馴染み深いサウンドです。
最初からのチャッチャッチャッ・チャーというギターの裏拍のリズムも、パッと記憶に残ります。シンプル・イズ・ベストな精神は、スリーピース時代から不変ですね。
動画
橋本絵莉子1stアルバム『日記を燃やして』発売決定!
橋本絵莉子、チャットモンチー完結後初のソロアルバム「日記を燃やして」リリース(コメントあり / 動画あり) - 音楽ナタリー
今年の春頃からそれとなく仄めかされていましたが、ついに!!! えっちゃんの新アルバムの発売が発表されました!!!
そしてそのうち『今日がインフィニティ』のMVが先行公開されました!!!
しかもDemoシリーズの配信も開始されました!
うわーっ、正月と夏休みとクリスマスが一気に来たみたいなてんこ盛りな状態で、ちょっと言葉が追いつきません……とにかく嬉しいです、本当にね
とりあえず予約して12月を楽しみに待つことにしましょう。
『今日がインフィニティ』初聴メモ
- イントロの入り方が『変身』時代っぽくて懐かしくなるとともに、メロディは全く新しいもので、かっこいい……という感想
- 「解散はできないようにもうバンドは組まない」
- ↑に対して2番は「改札〜」と続く頭韻
- ツインギター! 初ですね
- でもえっちゃんもギターを持っているのが、感慨深いというか、当たり前というか……
- チュネ! アキラ! 相変わらず最高のドラムです
- やっぱAメロのかっこよさが異常
この年になって新しいことを1から始めるのってものすごいエネルギーがいると思うんですが、今までの延長ではなく、しかし奇を衒ったわけでもない、純然たるファーストアルバムの風格があります。
公開されるまでは、『かえれない(Demo)』みたいなスリーピースっぽい感じになるのか、『うらやましいひと(Demo)』みたいな神秘的(?)な感じになるのか、楽曲提供した『白い泥』みたいにストレートなポップスになるのか、はたまた橋本絵莉子波多野裕文や『びろうど』その他みたいなアコースティックな感じになるのか、何も予想がつかなかったんですが、ど真ん中のロックで来ましたね〜。やっぱり橋本絵莉子はロックスターです。
お知らせ
これまでは概ねチャットモンチーに限定して書いていたんですが、新アルバムへの高揚感もあるので、これからは公開までに橋本絵莉子ソロ(Demo)や橋本絵莉子波多野裕文の作品について書いていきたいと思います!
以後、新たに「橋本絵莉子」と「橋本絵莉子波多野裕文」ってカテゴリを作って書いていきますので、よろしくお願いします。ただ、チャットモンチーの楽曲レビューについても(余裕があれば)引き続き月1ペースを維持したいと思います。それでは。
『あいまいな感情』レビュー
『告白』収録。
歌詞
I, my, me, mineという、英語の一人称単数代名詞の格変化と「あいまい」を掛けた歌詞です。ただ、ここはやはりくみこんの力で、言葉遊びという以上に良さがあります。
詞の状況
I my me mine
初めてプレゼントもらった
I my me mine
くじらのついたシャープペンシル
I my me mine
握りしめた手の中 熱くって
こっそりと教室に戻る
一番のサビでは、過去のプレゼントをもらったシーンが回想されます。そして、二番のサビでは、
I my me mine
あいまいな感情だけど
I my me mine
あなたを愛せると思うの
とあります。
いやぁ……、短い言葉ではあるんですが、この二番が素晴らしすぎる。
状況としては、おそらく小さい頃にはぶらんこの二人乗りもしたような仲良しの友達から、長い付き合いの中で初めてプレゼントをもらって、告白もされたのかもしれません。
そこで、一人でブランコに乗って「どうしようかな……」と考えているわけです。色々自問自答する中で、「あいまいな感情だけど あなたを愛せると思うの」という言葉に行き着いたのではないでしょうか。
告白されたばかりのもやもや感と、それでも確固たる信頼関係が築かれている安心感が、この「あいまいな感情」なのに、「あなたを愛せると思う」という確信に満ちた表現なのだと思います。
韻に注目
この歌詞は、中身のみならず音にも注目して見てほしいです。
I my me mineと「あいまい」が掛詞である以上に、2番のサビは「あいまいな感情だけど」「あなたを愛せると思うの」と、ア段音でかためられています。この効果で、音が大変滑らかに聞こえるのです。
くじら
続く歌詞で、こんなフレーズがあります。
私はブランコに乗って くじらをとびこえるから
「あなたを愛せると思うの」という決意が固まって、ぶらんこで勢いをつけて漕いでいる状況です。相手がくれた「くじらのついたシャープペンシル」を飛び越える、つまりそれ以上のプレゼントを返そうと決めたのでしょうか。あるいは、もしかしたら告白の言葉は何も言われていなくて、プレゼントを機に「私の方からしよう」と決意したのかもしれません。
くじらというチョイスも絶妙です。きっと広く晴れた海を連想するからでしょうか、うまく言い表せないのですが、穏やかで切実な思いのやり取りが感じられます。
曲
ベースから始まり、全編を通してベースの音が印象的な曲です。
『やさしさ』などと同様、ボーカルを始めとして音の響き・エコーの面で、強めにエフェクトがかけられていて、不思議な雰囲気を醸し出しています。
ギターもベースも、同じフレーズの繰り返しがうるさいほどに続きますが、そんな中でずっと曲を変化させ続けているのがドラムです。
バスドラ+スネア→4ビート→4ビート(シンバル)→8ビート→16ビート→32ビート→ミュート→バスドラ+スネア…
というふうに変化していきます。この曲調の変化が面白くて、詞の中での感情の高まりとも一致しているような気がしますね。特に32ビートと書いた、「くじらをとびこえるから」の部分はもはや動悸のようで、緩急の付け方がうまいなぁと思わされます。
おまけ
ところでこの曲リーガルリリーっぽさがありますよね(というか、リーガルリリーの方が後発なのだけれど)。
スリーピース時代でも『告白』〜『YOU MORE』あたりは様々な挑戦が感じられて、その一つ一つが後輩のバンドたちに大きく影響を与えたのだろうな、と思わせられます。
そういえば、『告白』というタイトルですが、この『あいまいな感情』や『風吹けば恋』あたりから取られているのかなぁ、などとも考えられますね。
『Last Love Letter』レビュー
『Last Love Letter』A面、『告白』収録。
10枚目のシングルにして、高橋久美子在籍時最後のシングルとなっています(次は3年後の『満月に吠えろ』)。
歌詞
Last Love Letterということで、まだ自分が想っている人と別れるときに、相手に送る言葉だと読めます。
今後は会えない人ではあるが、会えない中でもその人の幸せを祈り、そのままの自然なあなたでいてほしいと願う、そんなメッセージでしょうか。
一番の、
涙は他人に見られて
初めてカタチになるの
涙は他人に見られて
初めて輝き出すのです
という普遍的な歌詞もさることながら、個人的には二番のサビ~アウトロがとても好きな流れです。
あなたはひとに愛されて
初めてあなたになるの
あなたはひとを好きになって
何度もあなたになるのです
わたしの届かぬあなたへ
愛のある日々を
栄光の結末を
どうか
あなたに あなたに
初めて聴いた時は、「もしかして他の人を好きになった」と言われて別れたのかな? などと思いました。もしかしたら、仕事の都合とかで別れてしまったのか。あるいは、自分が病気とか。色々な解釈で、それぞれ思いを仮託して読める歌詞ではないでしょうか。
深くは語りませんが、別離のときの相手の幸せを願う歌って、今までなかなか無かったのではないかな、と思います。軽い恋愛などではなく、人として愛している関係というのがよく見えてきます。
演奏
もう今さら私ごときが何を語ればいいのかわかりませんが、言わずと知れたベースライン。そして負けずと劣らない変則的なドラム。いや本当にめちゃくちゃかっこいい。
この複雑な土台の上に乗っかっている、ストロークオンリーのギターと動きの少ないメロディーラインも絶妙なバランスです。セルフ・プロデュースではありますが、やはりいしわたり淳治の影響もあってか、音の引き算が巧妙です。
前半戦はベースとドラムが大騒ぎですが、サビではどちらも大人しくなり、さらにギターソロでもどちらも大人しいままです。一方、入れ替わるような形でボーカルやギターはサビとギターソロで本領発揮、といった感があります。なるほどなるほど。
なんだろう、本当にこの曲についてはただ聴いてほしいというだけですね。いくつか芸が細かいところをお伝えしておくと、やっぱりAメロでベースが暴れ回っているので聴いてみてほしいところが1つ。
もう一つは、ドラムを"変則的"と言いましたが、実は規則がある中で、少し入り組んでいるところがあるというだけです。ドラムの「叩いてみた」動画などを低速で再生してみれば入り組み方がわかると思います。
このハイハットを細かく使った不規則性は、どことなくスピッツっぽいなと思ったんですが、この間くみこんのスピッツ30周年の寄稿を読んだら、スピッツの﨑山さんからも影響を受けたと書いてあって、ああやっぱりなと。(スピッツのドラムはシンプルそうでいて、よく聴くとすごく複雑なのでぜひ聴いてみてください)
Album Mix
『告白』では、複雑なリズム構成といえば『ヒラヒラヒラク秘密ノ扉』があり、またストレートなロックとして『風吹けば恋』、独特な構成とアレンジの『8cmのピンヒール』などが軸として機能していますが、この曲はそのどれとも異なった、チャットモンチーの中でも独自の雰囲気を持っています。サウンドとしては一番ハードロックに寄せた感じですかね。これをオルタナっていうのですか? よくわかりませんが。
Album Mixとしては、おそらくスネアやベースの音が少しだけ丸くなっているのではないでしょうか。『告白』全体を通して、とくに後が『やさしさ』ということもあり、まろやかな音色ですので、雰囲気をあわせた感じでしょうか。純粋にロックとして一曲を聴くなら、シングル版が個人的には好みです。ただ、やはりアルバムの中で見ると統一感が取れていると思います。
有名な話ですが、実は冒頭のスティックの4カウントが、アルバムでは舌打ちに変えられています。気づきましたか? これはスティックのほうが良いと思うんですよね……まあこんなわけで、私はシングル版を割とよく聴いています。皆さんはどっち派ですか?
ジャケット
かっこよくないですか? このいびつな感じが逆にツボです。CDシングルの中ではトップクラスで好きな一枚です。
MV
MVも好きなんですよね~。最初はコントかと思うんですが、後でおじいちゃんが胸を押さえながら手を上げているシーンなんかを見ると、なんだか泣けてきちゃって。とくにこの後のくみこん脱退・そして完結を知っている身からすると余計にですね。でも2045年、ライブやってほしいな。
ライブ@求愛ツアー
このアレンジもめちゃくちゃ良いです。『シャングリラ』や『8cmのピンヒール』は微妙な反応もありましたが、これは元からキーボードあった曲かと一瞬思うくらい。世武さんの愛が伝わってきました。
余談ですが、このころのえっちゃんの、「~のです」などの語尾でちょっと怖い顔をして男前に切る感じがかなりかっこいいです。
『例えば、』レビュー
『共鳴』収録。
作詞は作家の西加奈子さん。そういえばチャットモンチーって歌詞の提供は受けても曲はえっちゃん(またはあっこびん)が作っていますよね。*1そこがチャットとそれ以外の境界線なのでしょうか。*2
『共鳴』は、2人+男陣・2人+乙女団・2人+恒岡章・2人の4パターンがありますが、この曲は2人だけで録音した曲です。
歌詞
この曲のテーマと言っても良いのが、次のフレーズです。
僕らにまつわる全てのものは
ひとつも欠けてはいけなかった
絶対にひとつも
このフレーズがとても素敵だなと思って。3人、2人、6人と歩んできたチャットモンチーの、傍から見れば紆余曲折ともとれるような歴史ですが、それがあってこそのチャットモンチーだ、とでもいうふうに強く過去を肯定する姿勢も感じさせるような歌詞になっています。
続きを読む『あいかわらず』レビュー
『Awa Come』収録。
新作4曲、上京前の旧作4曲とのことでしたが、これは『chatmonchy has come』に入っていても良さそうな曲ですね。
『キャラメルプリン』は『耳鳴り』に入れても良さそう、『My sugar view』は強いて言うなら『表情』向きでしょうか。『雲走る』は『耳鳴り』感もありますが、徳島全開なのでこのアルバム以外に考えられないなぁ、などなどと。
手垢のついた言葉で言えば、「友達以上恋人未満」の曲ですね。
曲
ストリングスが入っているのが大きな特徴なのですが、これは後に回して。
構成としては『ツマサキ』に近いものがあります。
王道のA→B→サビの展開ではありますが、Aメロとサビのメロディが似通っている、という素晴らしさ。個人的に『ツマサキ』のラスサビでAメロの歌詞がサビに乗っかるのがとても大好きなのですが、良い発明したなぁと思います。
『ツマサキ』ほどメロディは一致していませんが、この静かな構成って素敵じゃないですか? チャットのメンバーと同じく、"サビがどこだかわからない歌"が好きなので。
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