三匹の羊/チャットモンチー

チャットモンチーと私

『Y氏の夕方』レビュー

作詞:高橋久美子 作曲:橋本絵莉子

『恋愛スピリッツ』『表情』収録。

恋愛スピリッツ

意味ありげで星新一のショート・ショートみたいなタイトルですが、マネージャーのY氏というだけでそんなに深い意味はないそうな。

サビは逆上がりのことを歌っているのですが、子供の曲というわけでもなさそうです。くみこんの腕の光る名歌詞ですから、早速見てみましょう。

主人公は誰か

早速2番からですみませんが、状況を掴むキーワードがあります。

夕闇にきらめくさざんかの花

ネクタイが揺られてる ブランコの上

さて、「さざんかの花」は基本的に冬の花です。園芸用のは春に咲く椿そっくりですが(寒椿との区別は諸説あります)、白い五弁の花でもあります。ここはどっちを思いますかね? 椿色か、白色か……。

それはさておき、なるほど、前後も読んでみると主人公が社会人(=Y氏)であることがわかります。逆上がりだからといって小学生だったら、流石に「Y君の夕方」になりますものね。

そして、1番のサビ。

三寒四温の社会には休憩だって必要だろ

冬も終わりになると三日寒く四日暖かく、みたいな日々が続きます。これまでのことをまとめると、そんな社会において、仕事に疲れ切った作者はきっとブランコに揺られているのでしょう。

さて、状況は整理できました。では読み進めていきましょう──といっても、毎度のことながら全部を淡々と説明してしまうのは無粋というものですから、あくまで詞の世界を壊さずに行きましょう。

時系列に注意

さきほど「仕事」と「逆上がり」の2つの要素があると書きましたが、「仕事」が現在、「逆上がり」が過去の回想だと考えられます。

というのも、

  1. 文脈(=仕事終わりのサラリーマンは逆上がりしないだろう)
  2. 「そう思わせたんだ」などの時制

から判断できるのです。

時制については、「現在形」「過去形」「現在進行形」のようなものが日本語にもあります。現在形は普遍的なものを表すので、ここでは(現在の)考えや意見が述べられます。過去形は昔あったこと、現在進行形は今していることを表します。*1 *2

会社員が鬱屈として夕方の公園のブランコで風に吹かれているときに、昔逆上がりを練習していたときの記憶が蘇ってきた、と言う状況なわけです。

それでは現在と過去に注意しながら整理してみましょう。おおよそ、次のようになるのではないでしょうか。

現在=夕闇・さざんか・ポロポロ・ブランコ

考え=縛られた生き方なんて…・三寒四温の…

過去=夕闇・さざんか・靴・逆上がり・あともっかい・何度でもやり直せば

つまり、これは過去の似たような日の公園で練習していた逆上がりだから記憶が蘇ってきた、ということです。そして、逆上がりのときの、

あともう少しでできそうなんだ

赤い赤い夕日が

何度でもやり直せばいいじゃない そう思わせたんだ

という子供時代ならではの力強いポジティブな記憶がいまの自分を励ましてくれた──そういう曲なのです。

美しい言葉のセンス

さて、厳密に読むのはこのくらいにして、詞の世界を味わっていきましょう。なんと言っても言葉のチョイスが一つ一つ素晴らしいです。

まず注目したいのがここ。

指の隙間からポロポロこぼれる赤い日差し

指の隙間からポロポロと受け止め切れないな

「夕闇にきらめくさざんかの花」と、具体的な植物の描写から入るところが既にポエティックで恍惚としてしまうのですが、ここも凄い。「ポロポロこぼれる」といえば……?

そう、涙です。日差しがこぼれるという美しい表現を使いながら、そこに「ポロポロ」というオノマトペを充てることで、作者が泣いていることまで見せてしまう。ここは巧みな技ですね。

他にも、印象的なこのセリフ。

縛られた生き方なんて 望んじゃないよ

神様が 助けてくれるって信じさせて

このままじゃ歩いていけないのかな……

ドキッとする言葉じゃありませんか? 人に流されて生きている社会人の皆さんに、子供のようなあどけない無邪気な疑問がぐさっと突き刺さります。

この歌詞、そして歌うときのえっちゃんの声の切実さから、何回も聴き直したくなる一節です。

だらだら書いてきましたが、やはりこの素晴らしい歌詞は何度も聞いて、読んで、じっと見て味わっていきたいところです。

 

ドラムの2つ打ちから段々音が増えていくイントロは特徴的で素敵です(もうすこーしだけハイテンポだと『テルマエ・ロマン』になる)。

この曲は全体的にメリハリが強いです。Aメロは優しくて懐かしいようなサウンドが響きますが、Bメロで静かになったあと、サビでは切実な思いが爆発するように響きます。

えっちゃんの歌もサビでは掠れながら細々と、しかししっかりと歌いきっています。たぶんこの頃の歌唱力なら掠れずに力強く歌うこともできたのでしょうが、弱った作者のぎりぎりの言葉を書き出した歌詞の世界観を大事にした歌い方と言えそうです。

なんと言っても最高にかっこいいのは、アウトロの最後にバシッと演奏が止まり、ギターの余韻だけが残るところです。ライブも最高でした。

 

感想

ドッペルゲンガー』に続き、くみこん作詞曲のえっちゃんの推しシリーズ第二弾でしたが、こう読んでみると半端ない良さがありますね。曲調が静かだったからあまり気づかなかったんですが、カップリングやアルバム曲にこそチャットモンチーの本領が発揮されていることも往々にしてあるので、気は抜けませんね。

そういえば冒頭で話した山茶花の色ですが、五弁の白い花だと思いました。夕日には映えてきらめきそうなので。ただ、本当の夕闇なら桃色のほうかもなと。皆さんはどう思いますか?

あと、個人的にはこの曲は「自殺を思いとどまった曲」かと思いました。CDではわからなかったんですが、ライブ映像の「ネクタイが…」のところでふと悟りました。

やっぱりライブの力ってありますよね。こんなご時世だからこそ、強く思います。

*1:正確には無時制・過去形・現在形に近いのですが、英語っぽい言葉で言いました。

*2:〜した、の「た」は完了とも言えるのですが、ここでは過去としました